とうの昔に引退しているが、バスケットボール選手だった友人(以下、X)が昔のことを語ってくれたことがある。
それはXが中学生の時のこと。当時から地区選抜されるエリート選手だったXは、チームの練習を見にきてくれたある実業団選手にアドバイスをもらったらしい。20年以上前の話なので今のようなプロリーグはなく「実業団」という社会人チームではあったのだが、その選手は名実ともに日本のトッププレイヤーで、中学生のXにとっては(それがわたしであったならば勿論わたしにとっても)憧れの選手だった。
「背中にも目をつけろ」Xはそう言われたのだという。当たり前だが、前を見ながらに後ろを見ることはできない。しかし、さも背中に目があるように、自分にとって死角になる背中側でおきていることを感じながら、イメージにいれながら、プレイすること。それからというもの、パスの配球や攻めの組み立てなど、Xのバスケットボールは劇的に変わったという。「死角なく、360度が視野にはいっている感覚」が彼のパフォーマンスを大きく変えたらしい。
人間の意識が変わるのは一瞬のことで、それ以前と以後とでは世界がまるっきり違ってしまうようなことがある。
昔から読書が好きだったが、ここのところ年間100冊のペースで読んでいる。せいぜい20冊程度しか読んでいなかった頃にくらべると読書スピードが格段に上がった。このような変化がおきたのは小飼弾著『本を遊ぶ』に出会ってからだ。中卒で大検をとり、カリフォルニア大学に入学するも実家の火事で大学を中退することになった伝説のブロガー小飼弾。かれの逸脱した能力は幼少期からつづく読書習慣に由来するという。
その小飼氏の『本を読んだら、自分を読め』の文庫本化における加筆修正版がこの『本を遊ぶ』。要するに、本を読んで知恵をつけろ、ということである。知恵がないひとたちが搾取される生活をおくっている。くだらないことに時間とカネをかけずに本を読め。簡潔な内容だ。
「おお、いいね」とおもったのだが、よくよく目を通してみると著者は年間5,000冊読むというのだ。500冊ではなく、5,000冊。この数字がよかった。これまで通りのやり方ではまるで真似できそうにない。根本的にすべてを変えなければ手出しができないその莫大な差がわたしには気持ちよかった。「ハハハ、マジかよ」とおもうと途端にエネルギーが煮えてくる。
身近な出来事であると同時に圧倒的な体験は、これまでみていた天井を軽々と突き破る。意識が変わる瞬間は、清々しくて気持ちいい。